2007/05/26

鴨川あそび──三条大橋〜五条大橋

2007.05.26
【京都府】

 三条大橋(Map)


 橋の本体はコンクリート製ですが欄干は木製なので、やはり絵になる橋です。
 東海道と中山道の終点だそうです。テレビの「街道てくてく旅」だったか、歩いて踏破する企画で聞きました。
 川面の堰がはいると、グッと京都らしくなります(いい写真ではありませんが…)。
 昨日の雨の影響でとても水量が多く、ちょっといつもとは表情が違います。
 上流の賀茂川(上賀茂神社方面:西側)と高野川(大原方面:東側)からの流れが、下鴨神社・出町柳(でまちやなぎ)付近でYの字状に合流して鴨川になります。
 ですから市街区域では水量が増えているのですが、流れを管理することで水深の浅い「サラサラ感」を演出しているのだと思われます。
 そのおかげで心地よい憩いの場になっていて、京都の街には欠かせない水辺だと思います。
 桂川は、どちらかというと郊外の避暑地的な印象があるので、やはり京都の街には鴨川です。


 四条大橋(Map)


 一番の繁華街であり、週末の夕刻などは立ち往生するほど混雑する一角です。
 そんな橋の上を何度も歩いているので、橋の下からこんなにものんびりとした絵が撮れるとは驚きました。
 橋の奧は歌舞伎劇場の南座で、その奧と道を挟んだ左手が祗園、背面側が先斗町になります。
 舞妓修行中の若い娘には「まだ一人で、四条の橋を西側に渡ったらいけんよ」と、くぎを刺される掟が横たわる深い川であること、テレビで見ました。
 裏返すと、橋の向こう(祗園)は違う世界だと言ってるようにも聞こえますが、未熟な者が目が届かない所へ迷い込むことを戒めていたのではないでしょうか。
 逆にわれら未熟者たちは「橋の東側に一人で行ったらいけんよ」という場所なのかも知れません……
 今でも、情のつながりの姉妹関係が保たれていて、花街ぐるみで若い舞妓・芸妓を育成しているそうです。そりゃ確かに、違う世界だよなぁー。
 まだ明るいうちはこんな程度ですが、夕方になるとこの川岸にズラーッとカップルが並びます。
 背面側にある納涼床(川面の上に縁台を設けて涼を楽しむ席)が騒がしかろうと、となりがすぐ近くにいようと関係なく自分たちの世界に浸っているのでしょう。
 でも、それもありだと思います。思い出に残るしね……
 エッ、ひがんでいるように聞こえる?


 団栗(どんぐり)橋(Map)

 これ、これが納涼床。
 人工水路の禊川(みそそぎがわ)の上に、川岸の店から張り出された縁台で涼を楽しむ席です。
 この水路は、丸太町付近の以前花見の時に紹介した発電所からの水路(琵琶湖からの水路)との合流地点付近から始まっていて、五条大橋で鴨川に戻ります。
 元々、洪水対策で整備されたとのことですが、今では観光のために整備を欠かせない存在になっていますよね。
 これを始めたのは料亭やお茶屋だったそうですが、今ではエスニックからバーや喫茶店まで様々なお店があります。
 鴨川遊びと言ったらこれだよなあー。是非一度、とは思っているのですが……
 誰か行きませんかー、希望者を募集しています! でも、決して涼しくはないそうです……


 松原橋(Map)

 ここから西側の松原通で見かける「五条」の名や「牛若と弁慶」ゆかりの寺などを目にすると、ここが当時の五条大橋付近との説明が納得できてきます。
 現在の五条大橋は、秀吉が町の区画を整備し直したことによるそうなので、「京の五条の橋の上〜♪」の年代の方が昔ですから、この辺りだったのかも知れません。
 現在の地図を見ても、バランス的にその説明の方が正しいのではないか、と思われます。
 そんなおかげで取り残されたと言うか、メジャーな大通りにならず橋は一方通行の1車線で、両岸から先の通りも昔の道幅しかない下町風な面影があります。川の東側は以前紹介した祗園の宮川筋ですし、落ち着いた雰囲気で人も少ない場所なのでオススメかも知れません。


 五条大橋(Map)




 現在五条通と呼ばれている道(秀吉が付け替えた)は国道1号なので(京都の看板?)、道路も、装飾もかなり力がはいっています。
 欄干は石造りで、タマネギの金属部分には昔の年号で「正保」の文字が見られるので、まだ京都が都だった時代に作られた物と思われます。
 タマネギのことを擬宝珠(ぎぼし)と言うそうで、由来としてもタマネギの形からきたとも言われているそうです。勉強ついでに、先ほどの三条大橋の擬宝珠が日本に現存する最古のものだそうです。
 橋のたもとには「扇塚」があります。ここには平家ゆかりの寺があったそうで、源平合戦の一ノ谷の戦いで亡くなった平敦盛(あつもり)の妻がここで扇を作ったそうです。
 やっぱり昔の五条大橋はここではない、との思いを強くするのですが、ではこの二人「牛若丸と弁慶」はどうしたらいいのか?
 現存する「五条」の橋のたもとで、排気ガスにまみれるしかない、というオチしか見つからずスミマセン……

 鴨川と平行して物流用水路として作られた高瀬川は(鴨川には昔から堰が作られていたためではないか)、二条大橋付近から始まっており、木屋町通りなど歓楽街の中を流れています。
 今回は鴨川を歩いてきましたが、高瀬川沿いに歩いても散策路として結構楽しめると思います。そのうち歩いてみたいし、まだ続いているので次回以降に登場するものと思います。お楽しみに。(写真は五条大橋付近)


 高辻通(Map)



 仏光寺通(Map)


 写真にはありませんが、万寿寺通や松原通などには職人さんのお店が昔の風情で並んでいたり、万寿寺通の東側など車が1台通れるだけの狭い通りだったりと、昔の風情が残されています。
 ここで思ったのは、昔の中心街である二条・三条・四条を挟んで、南北に離れるにつれ昔の暮らしが残されているように見える、ということです。
 でも、五条の南へ行けばJR京都駅が近くなってくるしなぁ、と思いながらも、まだ風情の残る町並みがあるかも知れないと、気を取り直しています。
 仏光寺通(四条通の南側に平行に伸びている)辺りまで来ると、四条通まで綾小路を挟んで200m程度なので、観光客も目についてきます。
 写真の人は違いますが、観光に自転車を使っている人をよく目にしますが、それ正解だと思います。市街地を回るなら平坦だし、路地をスイスイと小回りが効くし時間が節約できると思います。
 でも、事前に調べておかないと、東山なんかで「ここは自転車は無理だろう」ってな人も見かけますから、お気をつけて。


 P.S. 近江屋跡(Map)

 2週前(京都ストリートでお腹一杯になり)行き忘れた龍馬、慎太郎最期の地です。
 河原町通に面した繁華街(旅行代理店前)にあります。
 ここは、隠れ家としていた酢屋(海援隊屯所)や脱藩したとはいえ土佐藩邸から、2〜300m程度の場所にあり、昔の人の行動範囲は狭かったのだろうかと思ってしまいます。いざとなったら、高瀬川から船で逃げることも考えていたのだろうか?
 わたしが隠れる気ならば、鴨川を渡ったのではないかと思いますが、橋は警備の目が厳しかったのかも知れません。それに彼らも、祗園で遊べるほど裕福とは思えませんしね…… だったとしたら、共感度急上昇です!
 いくら知り合いの家とは言え、こんな町中にいたのだからかなり油断していたように見受けられますが、それが彼らしさだったのかも知れません。

2007/05/20

京都ストリート案内2──頑張れ京町家!

2007.05.19

 京都ストリート2(Map)

 先週の5本の通りを烏丸(からすま)通をまたいで西の区画に追いかけよう、というのが本日のテーマだったのですが、町の様子がガラッと一変してしまいネタを見つけられないまま歩き終えてしまいました。
 烏丸通りは、京都駅から北へ延びるメインストリート(地下鉄も通っている)ですから、通りの両側にはビルが林立しています。
 その通りに面したビルのすぐ裏に、どっこい京町家のお店が陽も当たらないであろうビルの谷間で頑張っています。ビルが凹んでいるところまで町家の奥行きがあるようで、ウナギの寝床のイメージが分かると思います(写真が暗いのは腕が悪いせいです、反省)。
 近くにも、ビルの裏側に長屋的な町家が残されている一角があります(保存家屋に指定されている様子)。残して欲しい気持ちはありますが、土地は一等地ですから(東京で言えば日本橋界隈か?)便利はいいにしても、陽も当たらないような場所の家屋を保存するために生活していくというのは(生活している方の話しを聞いてないので分かりませんが)、どんなものかと思ってしまいます。
 そんな建物の保存方法のひとつとして、写真(全部店舗)のように商業や公共施設的な利用をしていければ、活気も失わず建物も残せるのではないかと思うのですが、安易な考えなのだろうか? そんな町家を改造したお店で、入ってみたいところいくつもありましたから……(中の写真のは大正時代の建物だそう)
 下の写真のお店は(ちりめんじゃこ屋だったか?)、何でもありに過ぎるかも知れませんが(沖縄のシーサーも乗っているし)、それも京都ならではのチャレンジということで認められているのではないかと思いました。
 京都には、沖縄関連ばかりではなく異文化を取り入れたお店が結構多くあり、常々京都人の感度の良さを強く感じます。
 東京の経済的結びつきとは違う意味で、国際交流が日本で最も盛んとも思われる京都では、文化的な交流が人々の感性を磨いているのではないかと思ったりします。
 もし本当にそうだとしたら、それはまさに理想的な国際交流のあり方なのではないでしょうか?
 これ、すごく大きなテーマだと思うので、また考えがまとまったらまた落ち着いて書きたいと思います。

2007/05/13

京都ストリート案内(Hanako─west風)

2007.05.12

 姉小路通(Map)

 高倉通りの角にある、ステンドグラスの専門店。表からでは分からないが、薄暗い店内にはいるとやわらかな明かりが迎えてくれ、どれを見ても顔がほころんでしまい、部屋に置いた様子を誰もが思い描いてしまうはず。
──お店には入りませんでしたし、全部作文です。失礼。


 三条通(Map)

 三条通が以前のメインストリートだったようです。
 石造りの郵便局や文化博物館(一番右)などの大型建造物から商店の木造家屋まで、手入れが入念にされていて「歴史的建造物保存地区」的な通りと思われます。新しい店舗も負けじと個性を発揮していて、ここで成功するには「質」で勝負しないと生き残れないだろうと思います。
 「それが京都の商売人気質どす」の声が聞こえてきそうです。







































 六角通(Map)

 この通りには、和物を扱うお店が多い印象があります。
 中でも、扇子屋(写真:右から2番目)が何軒も目につきました。まあ、どのお店もそうですが、とりたてて用事が(関心が)無いモノですから中に入りづらくて、表からの写真だけになってしまいます。
 最後の左下のぜんざい屋などは、普段なら完全に素通りするのですが、何か感じるモノがあって撮ったのですが、あとで場所を調べたときに有名どころらしいことを知りました。




























 蛸薬師通(Map)

 蛸薬師の由来とは、殺生を禁じられているお坊さんが、母の病気のために蛸を買ってきたのですが、見つかってしまいそれをとがめられそうになった時、お祈りをしたところ、八本の足が経典になって窮地を救われたとの言い伝えによるそうです。(写真:左端)
 今や、新京極の繁華街に囲まれていますが、健在です。
 さすがに近くにはたこ焼き屋は無かったと思うのですが……
























 錦小路通(Map)

 「京の台所」錦市場の賑わいを体感してきました。
 土曜の夕方のせいか、ものすごい人出でした(道が狭いし)。地元の人もいると思うのですが、圧倒的に観光客が多くて(外人も含め)普段の買い物に来る人たちは大変だろうなぁと、ご同情申し上げます。
 通りの名称は錦天満宮からきていると思いますが、ここでも「天神様」が庶民に親しまれている様子がよくうかがえました。
 ここの湧き水は豊富なようで、何本もペットボトルを手にし、水をくみに来る人がいたり、商売をしている近所人たちのちょうちんがいくつも奉納されていたり、真剣に恋愛成就を祈っている女性がいたり(これは違う?)、買い物の帰りなどに立ち寄る日課のようにしている人も多いのではないでしょうか。
 天神様のみこしは牛が引くのだそうです(北野天満宮にも牛の像がたくさんあったのに、学習しないやつめ……)。
 ここの牛の像は、頭をなでられてテカテカになっていました。(写真:左)
 ちなみに右の写真は、派手なのれんの掛かった「立ち飲みや」です。













 3週間ぶりの京都です。
 何だか「ただいま」という気分です。言ってみたかったんだぁー。
 いよいよ、中心街に突入しました。
 どうも人の多い所で写真を撮れるほど肝が据わっていないところがあって、どうしようかと考えたあげく「Hanako─westの取材風に行こう!」と。
 昨秋、電車の中吊りで見かけた「京都ストリート案内」という雑誌を買いました。Hanako─westとありますから、関西版なのだと思います(詳しいことは分かりませんが)。これを読めば間違いないと思ってたのですが、結局どこにも入りませんでした。
 でも「姉・三・六角・蛸・錦」は、なるほどという印象です。
 この本見てなければ全部は歩かなかったと思いますが、人の並みに疲れました……


 本能寺(Map)

 「燃えちゃったんでしょ」と誰もが知る有名な寺だと思うのですが、人影はまばらです。行きたいかどうかは別ですね……
 でもいまは、こんな平穏な光景が見られます。
 近所に学校があるのか、この小学生たちとは別の場所で高校生たちも同じようにトランプか何かに興じていました。学校帰りのたまり場になるお寺があるって、とてもいい環境だと思います。
 ところで、門に書かれている本能寺の「能」の字のつくりの部分が「ヒ+ヒ」ではなく「去」となっていて「これが本来の字なのか」と思っていたら、これは寺が度重なる火災に遭ったことから(信長の焼き討ちだけではないそうです)災難(火=ヒ)が「去」るように、との願いが込められているのだそうです。

P.S. 小さな写真をこまごま入れたら体裁が崩れてしまい、Windowsでは空白だらけのレイアウトになってしまいました。以後、気をつけます。

2007/04/21

開府の将が築いた幕引きの舞台──二条城

2007.04.21
 二条城(Map)


 修学旅行で来たのだろうか。「キュッキュ」鳴る床を歩いた覚えはあるのだけれど、ここだったのか?
 家康が造営した京都での居城だそうです。中にはご丁寧に、将軍様(現代ではちと意味が違う?)、家臣、大奥の人形が配置されているのですが「あれっ、松の廊下や、大奥は江戸城じゃなかった?」。そんな時代劇から学んだ知識は正しかったようです。何代目かの将軍からは、就任式も行われなくなったそうです。
 城とは言え平穏な江戸時代らしく(?)防御に力を入れてない、天皇の接待場のような存在だったようです。だからきっと、高い建造物は造らなかったのでしょう(天守閣跡はありますが)。
 再び歴史の表舞台に出てくるのは、幕末の「大政奉還」がここで発せられた時です。
 「それならよく分かる」これまた時代劇からの知識です。教科書よりも、ドラマや小説の印象が強いのはわたしだけ?
 とは言え江戸城無き今、現存する最も存在感のあるお城なのではないのでしょうか。
 外人さん喜ぶ(比率としては金閣寺と並ぶくらい多かった)、日本人喜ぶ(団体入り口の下駄箱の数は修学旅行用でしょう)。やはりスーパースターですね。
 でも、中学生自身にはどうでも良かったのかも……


 神泉苑(Map)—京都府


 二条城のすぐ南にあり、都の造営と同時に整備された苑地とのことで歴史も古く、御池通の由来になったとの説や、空海さんが雨乞いをしたとか、義経と静御前が出会ったなどの言い伝えが残る、由緒ある場所のようです。
 「だと思ったんだよなぁー」。予備知識も何もなく、地図を見て「行ってみたい」と思ったのは、やはり誘われていたのでしょう。
 社の上には鳳凰がお決まりかも知れませんが、ここでは鳩です。のんびりしていて、いいでしょ?
 泉の印の由来である湧水は、池はあれども今いかに……


 夷川通(Map)—京都府


 夷川通(えびすがわどおり)にある座敷机のお店です。
 この通りは「家具屋ストリート」と呼ばれているのでは、と思うほど関連のお店が並んでいます。それも結構長く続いています。
 地図で見たところ、少なくとも11の町にまたがって続いており、一般的に専門店が多い一角を町名で呼んだりするのと違い、通りの名前で呼ぶのではないかと思われます。

※京都の市街地では「○○町」と呼ばれる区分は、通りに囲まれたブロックではなく、通りに面した両側を単位にして細かく区割りされています。玄関前の通りに出て、顔を合わせられる範囲がひとつの町という感じで、壁で接する隣(裏)の家はその玄関のある反対の道側の別の町名になります。
 広さ的には一般的な「○丁目」が「○○町」になってる感じでしょうか。

 何か、いよいよ中心街に近づいて来たようで、突き当たりの寺町通には観光客相手のお店が並んでいます。
 「京都のそばはうまくない」との評判に反して、これまで入った3軒くらいはみんな当たりで好印象だったのですが、ここで外れクジを引いてしまいました。うーん、これも経験ですかね……


 幾松─上木屋町(Map)—京都府

 ここは、桂小五郎と幾松(後の奥さん)の寓居跡(仮の住まい)の旅館だそうです。当時は、長州藩の控屋敷だったそうです。
 ここも何の知識もなく歩いている時に、偶然目に止まった脇道を撮ろうと思っただけでした。
 やっぱり、誘われているのだと思います。
 その近くで「佐久間像山、大村益次郎遭難の碑」を目にし「この木屋町、田原町付近ってのは幕末のキモなんだ」などととぼけた事を思いながら歩いているのでした。
 「勉強しなきゃ」と思いながらも「歩きながら学んでいる」と思えば、いいじゃないか!
 でも、見逃しているモノもたくさんあるんじゃない?

2007/04/15

御室桜(おむろざくら)で締め──御室 仁和寺

2007.04.14
 御室 仁和寺(Map)—京都府

 「まだ桜なんか見てるの?」
の声が聞こえそうですが、自分でも「京都の桜の楽しみ方」に驚き、実感してみたくて追っかけて来ましたが、今回の「御室桜」で終了! と思います。(もう、4週目になりますものね)
 御室桜は遅咲きの桜で、京都最後の桜のようです。この週末は七分咲き程度のふれこみでしたが、もう満開と言っていいでしょう(来週では遅い)。客側も心得たもので、この人出にも納得というところです(陽気も良かったですし)。
 御室桜は背丈が低く梅や桃の木程度の高さで
「わたしゃお多福 御室の桜 はなは低とも人は好く」
 とうたわれるそうです。
 「お花見するのにお金取られるんだよー」との声に、「そう言えば前に来たときは払わなかった気がする……」。
 でも桜ですから、ほんの1〜2週間程度なのでしょうが、あの混雑ぶりからすれば相当な収入になると思われます。
 手に取れる高さに咲くからか、お茶席も設置されておりちょうど梅林の中に縁台がある感じなのですが、それが置ける空間にはすべてに配置されてあり「有料」の印があります。
 立て看板には「境内での飲食等は禁じられています」とあるものの、ご機嫌なグループがいくつもありました。
 また、その脇の「敷物禁止」の張り紙を見ると「ここはお金を払えば(昔の貴族に相当)無礼講になる世界遺産なのか」と、ちょっと首をかしげてしまいました。


 「世界遺産であからさまな商業活動をすべきではない」などと、きっとわたしたちが勘違い(思いこみ)しているのだと思います。
 保存・維持のための経費は、自ら捻出する必要があるのでしょうから、ある程度は仕方ないのかも知れません。
 でも、しつこくかんぐるようですが、われわれ庶民がどう思おうが揺るがない取り決めが存在しているような気がします。
 歴史のある「ひとつの文化」なのかも知れませんから「昔からの慣習で」でも構わないと思いますが、どんな取り決めがあるのかの説明を聞いてみたい、という気持ちにさせらた「不平等感」でした(だから成り立つ、という意見は理解できます)。


 元御所なのに、瓦に菊ではなく桜とは「粋だねぇ」と感じたのですが、その真意とは?
 でも、威厳よりも親しみを感じさせる図柄であると思えるので、好感を覚えました。


 妙心寺(Map)


 お堂の修復の都合で屋内の見学ができなかったり、桜の無い境内だったりすると、人けもなくガラーンとして「拾いモノ!」的な落ち着ける場所になるんだなぁと、ゆったりと歩けました。
 前回気がつかなかったのですが、仁和寺の流れでこの瓦に目が止まりました。
 何と読むのかと調べたら「山号を正法山と称する」とありました。
 ちなみに下の「花園」とは、創立者の花園法王からのもので、地名・駅名にもなっています。
 役に立つか分かりませんが、何かの時にでも……

 でも、瓦の観察って楽しいと思いませんか? (なんて、オレだけかなぁ……)


 先斗町(Map)(ぽんとちょう)デビュー!

 大学時代に同棲していた友人(男で残念、名古屋在住)を付き合わせて「先斗町デビュー」を果たしました!
 本命の店は満員で入れず、残念…… 6時でダメなら次回は5時半前にリベンジです!
 情報として聞いていた「先斗町の路地をちょっと入ったおばんざいの店」を見つけた、と思ったのですが……
 観光客でごった返す(ここは特に外人が多い)繁華街ですが、客が求めるモノは同じ訳で、逆に安心できる飲食店街なのかも知れません。
 印象が良かったので、京都で飲むときにはきっとこの町を提案すると思います。
 京都をほろ酔い気分で歩きたかった、などとくだらんことで喜んでいるようでは、はまるぞとも思いつつ……
 ここ先斗町にも、祗園同様にトラップの木屋町が待ち受けています。こちらで飲む際にはお気をつけて……

 相棒との話も盛り上がり、ゆったりと心を開いて話しができたのも場所柄なのかも知れません。
 龍馬が暗殺された「近江屋」が近いこともあり(?)
 「このままでは日本はダメになる!」
 「でも、おれたちにできることは……」
 なんて、気取っているわけではないけれど、現状についての意見を交わしながらも「新幹線なくなっちゃう!」
 と、散っていくのでありました……

2007/04/07

京都お花見コース──満開! でも、雨でした

2007.04.07
 お花見コース(Map)—京都府
本日のお花見コースは、
四条大橋〜祗園〜知恩院〜青蓮院〜動物園〜鴨川〜出町柳です。

 祗園(Map)
 新聞屋と玄関先を掃除する女性の他に人影のない早朝の祗園。そんな情景を思い浮かべると、きっと風流なんだろうと思います。
 というのも、人が少ないのはそんな時間しか無さそうだから。









 

 白川(Map)
 少し上流の、柳が絵になる流れです。
 日差しがなく、若い緑が映えないのが残念です。
 また来ます。












 知恩院(Map)
 雨の中、観光バスの列が続いているのには驚かされました。ここにバスを置いて、円山公園、八坂神社を巡るのでしょう。
 浄土宗総本山というだけあって、とても立派なお寺で前回とても感銘を受けたのですが、今日は雨も降っているし人出も多いので、三門(山門とは書きません)だけで失礼します……
 空から明るさが消え、ちょっと萎え始めています。







 市立動物園(Map)
 京都で動物園と言うなかれ。
 狙い通りに花はきれいでしたが、雨宿りです。
 子どもたちに、動物とふれあう機会を与えることは必要だと思うのですが、ちょっと狭いので動物たちにストレスがたまらなければ、と思います。


 水道局発電所(Map)
 水道局付近の桜並木は楽しめました。
 花の名前に疎いわたしでも種類の違いを区別でき、4種は分類できました。やはり、京都は桜の種類が多い気がします。
 珍しモノ好きな貴族たちが、競って色々な桜を取り寄せたのか、地方から贈られたのか……
 昔は、京都へ行けば珍しいモノに出会えたのでしょう。


 鴨川(Map)
 鴨川の土手には、青いシートが満開でした。
 出町柳、四条駅の若者達の「お花見パーティ」「合コンイベント(?)」的な盛り上がりには驚きました。
 さすが、桜の下の饗宴のルーツという感。
 東西を問わず、これが日本人なんですよね。
 今頃、彼らは狂い咲いていることでしょう……











2007.04.08

 昨日の雨が非常に悔しかったので、リターンマッチです。
 本日は、上賀茂神社、府立植物園です。


 上賀茂神社(Map)
 「風流桜」とありました。葵祭で飾られるそうです。
 そんな桜の枝におみくじが結ばれていましたが、願い事も「しゃれ」で風に流されてしまいそうな気がしたのですが、いわれがあるのでしょうか?










 府立植物園(Map)
 この桃の枝を見て、料亭の玄関に飾られていた「餅花」(柳の枝に餅をつけた飾り)の原型は、この姿なのではないかと連想したのですが、真相やいかに?


 チューリップ「春のダンス!」で、何とも内容のない「満開」の2日間のスクラップブック終了です。

 どうも、この2日間は「満開」なのに、不完全燃焼の感があります。