2008/01/27

オフがオススメ!──嵐山、大河内山荘、天龍寺

2008.1.26
【京都府】

 嵐山(Map)


 渡月橋を渡る人の少なさよ!
 そりゃそうでしょう、背後の山が白くかすんでいるのは雪なんですから。舞っている程度なので風情はありますが、気温はご想像の通りです。
 昨年は結構めげていたのですが、今年は先週辺りから「寒さ対策をしていけば、今の季節の方がゆったりと回れるなぁ」と、小雪が舞い散る中でも何だか気分は明るいんです。
 そんな風になるとは思わなかったと言うか、何だか「ファン」から「マニア」の領域に踏み込んでしまったような気もします……


 もちろん観光地ではあるのですが、これくらい閑散としていると「いい散歩道だよな」と思えてきます。すれ違うおばちゃんの「シーズンだとここを歩くだけでも大変なのよね〜」の言葉に、実感がこもっていました。
 嵐山や清水周辺には人力車の観光案内サービスがあるのですが(一度は乗りたいと思っていますが、ひとりで乗ってる人を見るといつもせんさくしてしまうので、何だか…)、座席の敷物をはたいている横を通りがかったら、その下に使い捨てカイロが貼ってありました。
 さすが! これには喜んでもらえることでしょう。


 大河内山荘(Map)


 竹林を抜けたところに、往年の映画スタア大河内傳次郎(おおこうちでんじろう)の山荘があります。
 1962年没ですから、出演作品に接する機会はほとんど無いのですが『丹下左膳(たんげさぜん)』くらいでしょうか。むかし笑点で木久蔵が「シェーハタンゲ、ナハシャゼン(姓は丹下、名は左膳)」とやっていたやつです。
 この山のすぐ裏の二尊院には、阪東妻三郎(と息子の田村高廣)のお墓があったりと、映画全盛期の京都は「映画の都」だったことがうかがい知れます。
 個人所有の庭園の多くは、これ見よがしの贅沢さが目についたりして「それは、ようございましたね」と引いてしまいがちなのですが、ここは趣味がいいと思えるとても好きな一画です。
 小径に敷かれた踏み石のひとつひとつにも、特徴的な石(変成岩系の色の鮮やかなもの)を厳選して選んでいると思える気の配り方で、落ち着ける場でありながら楽しめる空間を目指した意図が、こちらまできちんと伝わってきているような気がします。
 上写真は「月香亭」というあずまやで、仁和寺の塔や京都タワーまで見渡せます。また、この裏手からは保津川渓谷のトロッコ列車が見えたりと、十分贅沢ではあるのですが、いきな空間であると思います。
 下写真は、小径に敷かれた瓦です(この上を歩いていきます)。
 しかし、ここは入場料が1,000円もします(抹茶付きですが)。参考までに。



 天龍寺(Map)


 「銀の龍の背」を想起させられた大方丈(英語ではMain Hallの案内)の屋根。背の部分に何であんなに瓦を重ねる必要があるんだろう、と思ってしまいます。
 ──後から調べて驚いた。寺の命名は「金の龍」からきたそうです。
 下写真は等持院にもあった達磨絵ですが、ここ天龍寺にもあります。最初に見たときも同じ順番だったので、わたしの印象としては、そうなってしまいますが、本来の関係(力)的には逆なのだと思います。
 関牧翁(せき ぼくおう)という、元臨済宗天龍寺派管長だった方によるもので(等持院でも住職をされていた)、1991年に亡くなられたそうです。テレビで見かけたことがあるかも知れないのですが(奔放な禅僧との評判)、この絵について今回調べるまで(前回は見ただけ)何の関心も知識もありませんでした。
 何でもそうなのですが、知らずとも困らないことが星の数ほどあるのに、出会ってみると「何で知ろうとしなかったのか?」と思うことがあります。知って満足することで、豊かな気分になれればそれでいい、とも思いますし、知っていて役に立つ時がくるかも知れないし。くらいの気持ちで、いろんなことと接していけば肩もこらずに、楽しめるのではないでしょうか。
 ──「坐禅の目的は心中のイメージに囚われずにあるがままの自分と世界を体感し、無の境地に至ることである」ことだそうで、やったことはありませんが、無意識に存在している垣根が取り払われれば、視野が広まるのではないでしょうか?
 達磨絵のガラスに映った単なる人影なのですが、この人はいま何を考えて、何をしようとしているのだろう? などと考えてみたくなりました。


 禅寺を巡るたびに接してきた夢窓国師(むそうこくし)(本来の名は疎石:そせき。国師とは尊称)(→国士無双とは無関係)の名に、これも京都2周目にしてようやく関心を持ち始めたと言うか、機が熟してきたのではないかと思えます。一周目はとにかく回ることを目的にしていた面があったのですが、今回は少しじっくりと見て回ろうと思っています。
 この人は、鎌倉時代の末期から室町時代の初めという、非常に情勢が不安定な時代に生を受けた影響や、宗派の教えと世情からの希求との相関からでしょうか、様々なお寺でいろいろな宗派の修行をした後に禅宗で印可(弟子としての許可)を受けたそうです(奈良の東大寺、鎌倉の円覚寺や建長寺でも修行したそうです)。
 京都での活躍は、後醍醐天皇や足利尊氏(この2人は敵同士)の要請もあったのでしょうが、正に時代に求められた人だったと思われます。
 この天龍寺、先日の等持院、南禅寺、西芳寺(苔寺)など(まだありそう)においてその業績が残る人で、様々な時節における政権の施策への協力(社会貢献)に力を惜しまなかった人物のようで、現在「京都と禅宗」のつながりを語る上でも、キーマンとして登場する人物だそうです。


 庭園にある曹源池(上写真奧)は夢窓国師によると伝えられ、対岸の岩で渓谷の滝をあしらった様(右端の岩がその一部)などは、その奧にそびえる借景の山々との組み合わせに「おぉ、なるほど」と感心させられるものがあります。
 苔寺の庭(夢窓国師によるそう)などと合わせて考えてみると、彼は庭師の才能があったのか? とも思ってしまうわれわれに「心の目が導いてくれたのです」などと答えてくれそうで、話しをうかがってみたい方のひとりです。


 それにしても大きな寺です。昔は前記の大河内山荘辺りまで寺の所有地だったそうです。
 単なるわたしのイメージなのですが、禅寺って質素でどちらかと言えば貧乏くさい(大変失礼!)ふうていの方が、共感を持ちやすいような気がしていたのですが、他の寺院も大きなところばかりです(等持院も今は小ぢんまりとしているが、以前は大きかったのかも知れない)。
 まあ、お上の庇護を受けていれば必然的に立派なものにならざるを得ないのかも知れませんし、信徒の数が増えて規模も大きくなれば仕方のないことかも知れませんが、何か違うような気がするんだけどなぁ〜。
 規模が大きくなってしまうと、何だか心の支えをお金で買っているんじゃないか、という気がしてきてしまいます。確かに、お願いする時にはその代償としておさい銭を入れているのですが……
 ──禅(宗教)と清貧とは違う、ことを頭に入れておく必要があるようです。
 東・西本願寺なんか、バカみたいにデカイしなぁ(ゴメンナサイ! こりゃ、闇討ちに遭うよね…)。

 梅のつぼみが赤みを帯びてきています。寒さももう少しの辛抱です。
 そんな気持ちだけは、いにしえの京都人と同じなのではないか? との一体感を覚えたり(錯覚)して、喜んだりしています。そんな程度です……


 この後、妙心寺へ行ったのですが、ここまでゆったりし過ぎて時間切れとなりました。
 次回、妙心寺だけのんびりと回るつもりでいます。

2008/01/20

冬の静けさ──龍安寺、等持院、北野天満宮

2008.1.19
【京都府】

 龍安寺(りょうあんじ)(Map)

 小雪も舞ったここ一週間の冷え込みは厳しいものがあり、この辺が「寒さの底」であってもらわないと、心まで縮こまってしまいそうです。
 しかしさすがにこの寒さの中、観光に訪れる人も少なくなるようで「京都でもこんな時期があるんだ?」と実感できる人の少なさです。
 あの嵐山・渡月橋を渡る人影もまばらです。でも、土産物屋には人があふれているんですよね。

 前回訪問時のもの凄い混雑に「もう来てやるもんか!」と思った龍安寺ですが、参道や池周辺の写真を撮ろうと立ち寄り、人の少なさに誘われ入ってみたら、スカスカで石庭の縁側に座ることが出来ました(前回は2重になって座っていましたから)。
 「おぉ、この感覚かぁ!?」
 ゆったりと座って庭を眺めていると、雑念が消え去り心が和んできて、尻に根が生えてくるのを自覚できます。
 まさかこの場所を独り占め出来るわけもないのですが(むかーしのゴールドブレンドのCMでしたか? のように)、実現したら風邪をひくまで座っているかも知れない(決して大げさではない)と、思えました。
 なるほどなぁ、この冬の寒さも自分を見つめるためには必要な環境条件なのか? と……
 今回、その良さを理解できて好きになりましたが、普段は混雑しているので全然オススメできません。


 参道脇のあまり手入れをされていないように見えた植え込みを撮りたかったのですが、冬ということもありきれいに刈り取られていました。と言うことは、たまたま乱れていただけなのかなぁ? 野放しの生け花(意味伝わるかしら?)みたいで、印象に残っていたのですが、跡形もありませんでした。
 上写真の木、根っこは元気そうに見えるのですが樹頂はこの姿です。きっとこれを枯れているとは言わないのでしょう、倒れぬようにしっかりと支えられています。確かにこの木の姿にはインパクトあります。


 等持院(Map)

 室町時代を支えてきた足利一族の菩提寺です。
 龍安寺(臨済宗)もそうですが、これから少し禅寺をめぐろうと思っています。
 個人的な関心事なので、右写真のようにどんどん渋く地味になっていく気がしていますが、花が咲くころには元に戻っていると思います。

 少し調べてみて何か書けるものがあればと思ったのですが、臨済宗だけでも宗派が多いらしいのでとりあえず「妙心寺派が最大の組織だそうです」ということで。
 何で禅宗に関心を持つかと言えば、信心によって極楽浄土へ行けるとか、現世で御利益があるなどという「オイシイ話し」よりも、いいか悪いかは自分の判断になりますが、その答えにたどり着いたプロセスを自分で納得できる「答え(悟り)を求める姿」に、知を欲する貪欲な「人間の美醜」が感じられるからだと思います。
 祈りは大切と思いますが、自らを戒める努力も不可欠なのではないか? と思えてきます。
 己の中に進む道を探求する姿勢、とでも言うのでしょうか、救いを待つのではなく、道を求めて行くべきではないか? と思います。
 わたしには、現代の京都の「古きを捨てずも新しきを求める」(常に新しいモノを求め即座に昇華して自らを洗練していくが、古くても良いモノは生かし続ける)姿に、そんな精神が息づいているように思えます。

 現在のわたしの認識では、裾野が広がってしまった禅宗ですが、各宗派ともに源流的存在として達磨大師を信奉する共通認識があるそうです。


 古都京都の文化的基盤を考えた時、宮廷や貴族たちによる「雅」な文化は他には存在しないので確かに目をひくものではありますが、庶民には「そんなの関係ねぇ」わけで、むしろ「わび」「さび」に代表される「はかなさ」を説いた質素な生活様式こそが庶民に受け入れられ、文化として花開いたのではないかと思いますし、そこで「いき(粋)」というものが生まれたのではないかと思えます。
 それは貴族や利休などの文化人が生んだ「価値観」などではなく、庶民の感性(生き方も感性と思う)から生み出されたと言える「心意気」というものを持った生き方のことなのではないかと思います。
 わたしも関東出身なので「粋」から即座に連想するのは「江戸っ子」なのですが、あれは「やせ我慢」を「いきがる」江戸流の方便なのではないか? と思うようになってきました。
 本来の「いき」とは、質素ではかなげではあるものを、わずかなひと工夫を加えることで自分が「遊び」、周囲を和ませ一緒に「楽しもう」とする「自己表現手段(アイデンティティ)」の一種と言えるのではないか? と思うようになりました。
 権威的に押しつける「価値観」によって金額が決まるような普遍性を定めようとするものではなく、お金を掛けずも手間を惜しまなければ誰でもが作り出せる「個人的な価値観」が、他人から共鳴を受けたとき初めて「いき」と認められる(感じてくれる人がいなければ子どもの悪戯みたないもの)ような、社会が生み出す「生き物」なのではないか、と思うのです。
 だからこそ、今でも自由さを失わない町中でそんな「いき」に接した瞬間に、ニヤっとしたり、うれしくなったりするのではないか? と思っています。
 「いき」に「生きる」人々の社会的基盤となったのが、「わび」「さび」という現代の日本人にも通用する(理解される)「はかなさ」を持ち合わせた生活様式「美」であり、「京都の町」にはまだ健在であるからこそ、魅力的な町であるのだと思います。
 それは、禅の文化を取り入れたのは足利一族で、平安や鎌倉の世から独立した文化を築き上げましたが、現代にまで受け継がれてきたのは、この土地に生活してきた人々の積み重ねによるもので、そのおかげで現在でも「京都と禅宗」が切り離すことの出来ない関係にある、と思わせてくれるのではないだろうか。
 そんな「町の気風」というものが、今でも変わらないと感じさせてくれることは、町の誇りと言えますし、その最大の功労者は、この町で生活してきた人々なのではないかと思います。


 ここ等持院では、前にも後にも観光客はいたのですが全体的に少なかったので、ゆっくりできました。
 庭を散歩する時にはスリッパからサンダルに履き替えて出て行くのですが、脱いだスリッパがひとつもありません。
 「おぉ! 庭を独り占め?」 いやぁー、堪能できました。
 本来は、こうやって味わうために作られた寺であったり、庭であったりしたんですよねぇ。何より静かなのが一番うれしい。
 まあ、沖縄のビーチを独り占めと同様どの場所でも、見回せる景色の中に他人の姿や声が聞こえない空間にポツリと立つと、「自己」というものがわたしの肉体から解放されて勝手にその辺に歩き出して行って(妙な表現でスミマセン)、自分の視野からは見えないものを感じられた気分になれることがあります(これは、病気かね? 鬼太郎のおやじをたくさん飼ってるんです……)。
 それを一度でも経験してしまうと、病みつきになってその場所が忘れられなくなっちゃうんですよねぇ。
 それが、あちこちを歩き回ろうとする重要な動機のひとつなのだと思います。




 平野神社(Map)


 大きな木々と4つ並ぶ神殿が印象に残っていました。
 神社様式の「右橘、左桜」の橘(たちばな)が実をつけていました。初めて見た気がします(実物はもっと黄色い)。
 十月桜(じゅうがつざくら)という冬に咲く桜がホント寒そうに花開いています。
 境内は広くないのですが、桜苑という桜の珍種を50種類も植えてある一画があります。種類が多いと一斉には咲かないのかも知れませんが、今年の春は寄ってみようかなと思います。






 上七軒町(Map)

 祗園とは離れていますがここにも置屋街があり(京で一番古い花街らしい)、どうにもおぼつかない三味線の音が聞こえてきたりします。
 若い舞妓さんの仕事は接待や踊りで、おおむね20歳を過ぎると鳴物でもてなす芸妓さんになるそうです。やはり、芸を身に着けてやっと一人前ということなのでしょう。
 旦那衆は「あの娘はいつから聞かせてくれるんだい?」なんて言ってそうですが、それって「いつから大人の付き合いができるんだい?」ってことになるんでしょうねぇ……
(少し前に何かで知った舞妓さんのブログ)。
 これを読んで、彼女たちは商売人なんだからと、少し熱を冷まさないといけませんよねぇ。

 この通りは自動車が通る生活道路なので少し落ち着けませんが、各家軒先のちょうちんの下に思い思いのマスコットが下げられていて、それを見て歩くのもなかなか楽しい通りです(下だけ揺れててよく撮れませんでした)。


 北野天満宮(Map)


 京都の北野天満宮です。京都の中で最も広く庶民に親しまれている神社ではないでしょうか。
 受験シーズンですから、学問の神様である天満宮には合格祈願などの絵馬が鈴なりです。
 お参りする人たちの目的もハッキリしており、目が真剣なのであまりおじゃまできない雰囲気もあります。
 折しもセンター試験の日ですし、おやごさんがクルクルとねずみのようにいくつもの祠を回っている姿が目につきました。
 上写真は拝殿なのですが、天神様だと鏡があっても「自分の力を信じなさい!」と言われているようで、納得できるような気がしてきます。
 ──鏡に映っている人の願いをカメラで吸い取っちゃったかも知れないと、反省です。魂までということは無いと思うのですが……


 わてが、京都の牛だす。(表現おかしい?)
 後ろから聞こえる声も「子どもの頃、頭をなでさせられたけど……」の類で、そこまでしか聞き取れませんでしたが、先が読めそうな口ぶりではありました。
 親ならば、子どもを連れてきたいという気持ちになること、理解出来ます。

 新京極の錦天満宮の牛もホント、テカテカでした。また機会があれば撮ってきます。

2008/01/07

ドライブ de 京都
 ──東山、比叡山、嵐山・高雄、琵琶湖

2008.01.04-05
【京都府】

 電車やバスを利用しての散策では「この先は無理だなぁ」と限界を感じる場面が結構あるのですが、そんなうっぷんをを晴らす時がやって来ました。レンタカーでドライブです。これ、楽しみにしてたの!
 主に、京都盆地を囲む山並みを走りました。


 東山ドライブウェイ(Map)


 祗園から八坂神社方面に向かい、右上方向に見える東山山頂に将軍塚があります。
 そこは、桓武天皇が京都に都を築くことを決めた場所とされ(794年:ナクヨウグイズ平安京ね。テストに出るから覚えとくように!)、守護神として八尺(約2.5m)の鎧兜を付けた将軍像(征夷大将軍の坂上田村麻呂との説。これも出るからな!)を埋めた場所とのこと。
 そんな地を守るように、青蓮院門跡 将軍塚大日堂(青蓮院門跡の別院)があります。上写真はそこにある枯山水石庭です。
 山の上の庭園が市中を借景にしてしまうという、上に立つ者の視線が存在するのも京都ならではと思いますが、現在のそれは成金趣味的な景色(ただ町を見下ろすだけ)になってしまった気がします。
 この場所から市中の平安を祈る気持ちは理解できますが、目の前に広がるコンクリートの「白い景色」には、白化した珊瑚のように古都の苦しむ吐息が聞こえるような気がしました……
 開発するなとは申しませんが、例えば住民たちがここから市中を眺めた時に「ここからの景色はきれいやから自慢やね」と、胸が張れるような町作りの機運が高まるような舵取りを自治体がしてくれたら(現に京都市は取り組み始めています)と、部外者は勝手に思ったりします。



 ここも上と同じ場所にある、広い桟敷席のような展望台です。これはきっと「五山送り火」を観賞するための観覧席なんだと思われます。
 ここなら暑い季節でも風は通るし、見晴らしもいいので、気持ちよく暑気払いができそうですが、寺院の敷地内なのでアルコール禁?
 映画『天使の卵』(京都が舞台でしたが内容は…)で見た場所は多分ここかな? わたし的には納得しています。
 見晴らしは最高にいいのですが、碁盤の目ような町並みも判別出来ませんし、ここはきっと夜景なんだと思います。
 と、ここまで書いてから調べてみたら、夜景のデートスポットなんですって。街灯の並ぶ光景などで碁盤の目が浮かび上がるのだそうです。
 函館なんかは、昼もキレイだけれど、夜は格段に素晴らしい! という表現ができるのですが、それは海があるからでしょうか?


 比叡山ドライブウェイ(Map)


 さすが、真夏でも避暑地になる比叡山です。真冬の山頂では小雪が舞っています。
 京都側のケーブルカー、ロープウェイは冬期運休中だし、山頂のトイレは凍結防止対策で水道が止められています。こんな環境だからこそ修行になるのでしょう。本当に寒いですから、とてもこんな所で暮らせません。頭が下がります……

 上写真は山頂から撮った大原方面です。写真はよくないですが、山里の雰囲気が伝わる絵だと思います。いい雰囲気でしょ?
 初めて大原を訪れる前にこの光景を見て「次の週は、大原へ行こう!」と心に決めたのでした。


 先ほどまで晴れていたのですが、冬の京都は(夏も結構あるなぁ)天気の変化が駆け足で訪れます。
 平地が狭く山並みが迫っている上、日本海が近いので冬は北風が支配的で、北(日本海)と南(太平洋)の空気(冷と温)がせめぎ合う地域なので、局地的な気象現象も多いと思われます。そんな気候的側面からは、遷都の選択は正しいとは言えないのかも知れません。
 風水にはそういった項目ってあったのだろうか? でも以前の都があった奈良は、京都の冬よりも寒そうです……


 嵐山・高雄パークウェイ(Map)

 先日の奧嵯峨 鳥居本(とりいもと)付近から山を駆け上がっていきます。
 上写真は市街とは山の反対側の、保津川と高雄方面からの清滝川の合流付近になります。橋は嵯峨野線が嵐山のトンネルから出た最初の鉄橋になります。
 通行量も少なく結構静寂に包まれている場所だからか声の元が大きいのか、川の方から声が聞こえてきます。保津川下りの船がいくつも見えました。
 真冬でも暖をとりながら「雪見川下り」をしているそうですから、正月の営業くらいで驚くものではないようです。
 でも、それって粋なのかなぁ? とてもそんな元気は無くなってきました……
 山頂遊園に、ラジコンカーサーキットがあります。結構マニアが集まっていて、盛んにチューニングしています(可愛い音)。他でもそんな場所を見かけましたから、京都は盛んなのかなぁ?


 平岡八幡宮(Map)

 ここは、市街から高雄へ向かうバスから見かけて、寄ってみたいと思っていました。
 鳥居からの長い参道まではねつきの音が響いてきます。「境内でやるなんて情緒あるなぁ」と歩いてましたが、道具は神社側から貸し出されたものでした。
 子どもは喜んでやりますし、大人も珍しがって結構遊んでいます。羽の音って静かな境内だと響き渡って、正月らしさを感じさせてくれます。とても和めたひとときです。


 高山寺(Map)

 わたしも一昨年(もうそうなるんだぁ!?)行って状況を理解しているのですが、どうしてもこの地域を「高雄」と呼んでしまいます。
 この付近には、それぞれの山号をもつ神護寺「高雄」、西明寺「槙尾(まきのお)」、高山寺「栂尾(とがのお)」があり、地名・バス停名にもなっていて、正しくは区別が必要になります。
 その中でもここ高山寺が好きで、機会があれば寄りたい場所のひとつです。
 右写真は参道の石畳ですが、ここからお目当ての「石水院」までは目と鼻の先なのですが、なかなかたどり着けません。あちこちに引っ掛かってカメラを構えてみちくさしているからです。いい絵なんて撮れなかったくせに……
 調べてみたら(別にどうでもいいことなんですが)、「きょ〜と〜 お〜はら さんぜんい〜ん♪」の『女ひとり』という曲の2番の歌詞が「京都 栂尾 高山寺」なんですって、知りませんでした……(ちなみに、3番は「京都 嵐山(らんざん) 大覚寺」です)覚えてた人います?

 やっとたどり着いた国宝「石水院」を今回も独り占めだ! と思ったのですが、数としては多くないのですがパラパラ五月雨式に人が入ってきます。それでも堪能できましたし、そんな中途半端な状況を遊びたくなり、スキを見て下写真も撮りましたから満足です。
 2度の訪問から把握できましたが、ここはそれほど人気は高くないようです(紅葉の時期は例外らしい)。
 ちょっと遠いですが、こんなに素晴らしいところに来ないのは実にもったいない。ここを見なきゃ京都を見たと言えない、というような場所ではありませんし、市街からは一本道なのでシーズンは道が渋滞しそうな場所ではありますが、市内はもう回ったという方は是非!



 門前のお茶屋さんの座敷から清滝川を眺め「すきやきうどん」(京都も甘いけどまだ控えめです。大阪のは甘くて食えたもんじゃない!)をハフハフしながら「今年の正月(1月5日)は、高山寺でうどんかぁ〜」(昨年は四国の丸亀)「来年は何してるんだろう」と、しみじみ鼻水をすすっていました……


 琵琶湖大橋(Map)


 通ってみたかったのですが「何でこんな立派なのが必要? マラソンランナー大変じゃない!(あそこを走るだけでも大変なのに、向かい風だったらどうなるの?)」なんて感想はないですよね。
 でも湖ですよ。確かに日本一大きいかも知れませんが、大きな船なんて観光船くらいしか通らないんですから。
 と、ここまで書いてようやく「観光のためか」と気付きました。
 うむ、一見の価値あり(ただし1回だけ義理でね)。もう無料の生活道路ですし。


 浮御堂(うきみどう)(Map)


 湖の船の交通安全を祈願して建てられた、湖上に浮かぶお堂。
 そのたたずまいに引かれて「ここは是非!」と思っていたのですが、コンクリートの脚柱にどうも興ざめです。せめて木目の化粧くらいすればいいのに、なんて助言にもなっていません。
 ですが、湖岸の境内にある松の木はとても立派で(何本もあります)、芭蕉が「ここで一句」という気分になったのも理解できます。
 この付近には古い町並みも残されているようなので、またゆっくり歩いてみたいと思います。

 下写真は(右側は比叡山)琵琶湖東岸の「さざなみ街道」からのものです。
 とっても気持ちいいドライブコースなので次回は全行程を走り抜けてみたいと思います。


 今回のように、普段歩いている場所を車で走ってそのつながりを確認したり、徒歩や公共交通機関では行きにくい場所への手段として車で走りたくなる欲求もあるし、それなりの満足・達成感が得られることも確かなのですが「やはり京都は徒歩が基本である」ということを強く感じた2日間でした。
 楽しかったんですけどね!

 P.S. Mapの上の方に桟敷ヶ岳という山がありますが、あの辺りを越えて大原へ向かおうとしたら「チェーン必要」の電光掲示板。ルートを変えて貴船へ向かったら、もうヒヤヒヤもんの雪とシャーベット道。何とかクリアしましたが、冬の京都の山道は車で行かない方がいい、という教訓をお伝えしておきます。

2008/01/03

年賀のおつかい──祗園界隈

2007.12.30
【京都府】

 花見小路(Map)


 「京都で初雪」のニュースを見ていましたが寒い日でした。
 「年賀のおつかい」とありますが頼まれものです。でもそんな縁で昨年に続いて年末の祗園界隈も行事的になり、それも楽しみになりつつあります。
 この日は、あれっ? と思うほど人出が少なく、まともに四条のメインストリートが歩けることに驚きました。昨年の30日はいつものように混雑していた印象があったのですが、日曜だからだろうか?
 辻利(ペットボトルのお茶はいただけない)というお茶屋さんの「大福茶」(結び昆布と紅白小梅のトッピング付き)が、正月に飲むと実に新春らしい香りがしてとても好きになり、今年も実家に買って帰りました。

 ここ花見小路は外人さんたちが群れる祗園観光のメインストリートで、テレビによく映る場所でもあるので近寄らなかったのですが、のぞいてみるとどうにも整いすぎており「映画村のセットかよ?」(それは逆!)というような印象を受けました。
 歌舞練場も立派な劇場ですしテーマパークのような一画なので、昔のように人々に語られ舞台で演じられるような悲恋物語などは、生まれてくる素地すら無くなってしまったのではあるまいか? とも。
 どうも町に色気が漂っていない印象があり、サービスとお金の取引所というような乾いた(ドライな)空気が漂っていると感じたのですが、きっと夜は違うのでしょう……
 どうせかなわぬ夢だから「そんなの関係ねぇ!」のですが。


 安井金比羅宮(Map)


 映画『千と千尋の神隠し』に出てくる妖怪のようですが「縁切り縁結び碑(いし)」といい、くぐり抜けながら悪い縁を絶ち、戻りながら良縁を祈願し、そのお札を貼るそうです。
 調べてみると、近ごろではもの凄い祈願がされる「縁切り神社」として人気とのこと。
 わたしは「櫛まつり」という、芸妓さんたちが使い古した櫛に感謝し、供養が行われる神社と聞いていたのですが、現実はそんな甘っちょろいもんではないようです。
 いや、いや、芸妓さんたちの気持ちも結構ドロドロしているのかも知れませんしね……
 でもやっぱり、これが「たたり神」のモデルではないのだろうか?
 だって、そんな(恨み辛みが込められた)札を貼られた碑(いし)の立場になってごらんなさいよ、たまには薬湯に入ってあかを落としたいと思いますもの。
 縁切りの祈願に訪れる方々も、感謝の気持ちをお忘れなく!


 建仁寺(Map)

 年末は拝観休止でした。
 また来ます。















 前回通りがかった時もでていた「餅花飾り」。やはり元は正月用の飾りのようで、ディスプレイ用に飾る最中のお店もあり、指でお餅をクルクル丸めていました(例えてはいけません)。
 立派な花もいいですが素朴な感じがして、これだけでもハレの季節感が十分に感じられ、素敵な風習だと思います。
 日本人の美意識を納得させられる気がして、好きだなぁ。

 「これじゃ、焼いてもあられにもならんだろう」なんて思った人いませんか?
 「飾り終わったらどう調理するんだろう?」と思ったわたしです……




 金剛寺(八坂庚申堂)(Map)

 
 ここにぶら下がっている色とりどりの玉のようなものは「くくり猿」と言い、手足を縛られ自由を奪われた猿(欲望を封じ込める意)のぬいぐるみ(?)です。
 パッと見、色とりどりで華やかですが、それだけ人の欲望は多種多彩という意味なのでしょう……


 八坂の塔(Map)

 建仁寺脇の八坂通りからのアプローチが一番絵になると思うし好きなのですが、東山のひとつのシンボルにもかかわらず意外と人が少ないので助かっています。
 おそらく、一本裏の「ねねの道」(円山公園から清水寺への観光メインストリート)を多くの観光客は歩いて、裏からのシルエット(写真でよく見る絵)に満足しているのでしょう(確かに素敵です)。
 近づいても中には入れませんから、それも正解と思います。







 石塀小路(Map)

 大観光地なのに周辺の路地に人影は多くありません。Hanakoなどガイドブックにも掲載されていると思うんだけどねぇ。やはり、散策よりスウィーツ(食い気)なのか?
 この先を左に行って、右へ行くと木の塀の路地(ガイドブックに使われる撮影ポイント)なのになぁ。
 とか言いながら、行けば良かったと今頃思ってるようでは他人に意見できません……









 八坂神社(Map)


 年始の準備が着々と進められています。狭い境内ですから、正月の一方通行の交通整理の様子が垂れ幕からうかがえると思います。
 先日の鞆の浦の項で「沼名前(ぬなくま)神社」は八坂神社の本社に当たると紹介しましたが、調べてもその関係を示すものは見あたりませんでした。
 それぞれに言い分があるようですので追求もしませんし、庶民の信仰を受けているのだからそれに勝るものはない、でいいのでは? とわたしは思ってしまいます。

 年末の祗園ですが、とりたててせわしない雰囲気が感じられないのは、30日だからでしょうか? 水鳥のように、表面だけは優雅に振る舞っているのでしょうか?
 また来年も年末に来たいと思います。